忘却。

予想はしていたことですが、

今年は人生稀なほどしんどいことが続くなあと思いつつ、

今はなんとか耐えているところです。

その影響か、とにかく頭が働かない日々の繰り返し。

ブログもそうなのですが、いつもに増して表現する能力が落ちてしまっていた。

記録としての写真はあるものの、

行った場所とか、

その時思ったことを言葉にできなくなってしまっている。

今となっては過去のものとなってしまうのかもしれないけれど。

記録として残したいことすら忘れ去られてしまうのだろう。

甑島に陽が落ちる。
甑島に陽が落ちる@吹上浜
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人生最期に見たいもの。

まもなく母親の3回忌を迎える。

鹿児島に生まれ、住む者が人生最後に見たいものとは何だろうか?

ふと思ってしまった。とうよりは、思い出してしまった。

病床で死ぬ間際にもらったメッセージは

「桜島を見たい」

だった。

残念ながら、病室から眺めることはできなかったので、葬式のときに桜島の写真を棺に入れた記憶がある。

時は経ち、今月、私の知人が急死した。

たまたま、その方の人生最期に撮った写真を拝見することができた。

写っていたものは桜島であった。

昔大河ドラマ『篤姫』で、篤姫が

「桜島をみたい」

と言っていたよなぁ。。。

ここ数日、鹿児島市内には東風の影響で桜島からの火山灰がふりそそいでいる。

ちょうど100年前の1914年には、大正大噴火を引き起こして甚大な被害が出た。

それでも、

鹿児島に住む者として、

もうすぐ自分の人生が終わると

そんな予感がしたとき。

私もついつい

「桜島を見たい」

と言ってしまうのであろう。

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鹿児島港22時&17時。

毎年3月末〜4月初旬になると、年度末ということもあり、人の異動がさかんになります。

 

鹿児島県は北は長島から南は与論島まで南北600kmにもわたるため、

教職員の方々は一生のうち何度かは離島に赴任するそうです。地方(特に離島)に転勤となれば一大イベントです。

 

写真の通常なら月曜日と金曜日の23時(週2便)に出港する

「フェリーとしま」

なのですが、先週(4月第一週)は月、水、土曜日の週3便となり、

20時頃に鹿児島港に入港しても23時には出港してしまうという慌ただしいスケジュールになっています。

 

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写真の前の便(4月2日発)では転入する教職員を乗せ出港したと思われます。

離島に向かうフェリーの船体には

「○○先生、頑張って」

などのメッセージが書かれた横断幕が掲げられ、

船内から幾重にも投げられた紙テープを見送りの人たちとつながっています。

岸壁から万歳の声も聞こえてきます。

いよいよ出港!!

岸壁からゆっくりと離れていき、やがて紙テープはちぎれてしまいます。

10分もすると、船の姿は港から見えなくなり、鹿児島湾の湾口に向けて突き進んでゆきます。

 

また、写真(当日はQUEEN CORAL 8)の毎日18時発の奄美諸島〜沖縄行きはいつも以上に長い汽笛とともに、

便によっては出港直前

「別れのワルツ(蛍の光)」

が流れる場合もあり、より別れという感じがします。

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昨年度私が個人的にすごくお世話になった方も今年度から島に赴任することになり、残念ながらお見送りはできなかったけれど、

寂しさがある一方で、新たなステージの始まりなのかなとも思っています。

 

とりいそぎ。

 

 

 

 

 

 

Balance

このごろ常に思うこと。

それは

『バランスがとれていない』

とういこと。

意味合いとしては、日本語で釣り合いや調和というところかな。

まずは、私自身の身体の中での左右の力加減の不釣り合い。

右半身は常に緊張しており、力の入った状態が続いている。

それに比べ、左半身は良い意味で力が抜けている状態である。

この冬は身体のアンバランス状態が続いていた。

最近そのことに気がついて、自身の魂に右半身の力を抜きなさいと語りかけてゆき、徐々に力を抜きにかかってきだしたところです。

私の身体と同様、国の状態もアンバランスな状態が続いているかと思う。

もういいかげん、力を抜いていいのではないでしょうか?

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ちなみに、私の友人中村てつろうさんは、

Balance

というタイトルでホームページ作っております。

3月9日。

2014年3月9日の桜島です。

3月に雪化粧する桜島は珍しいかもしれない。

写真の下半分に見える木は、水源地に植えられている桜。

もうちょっとしたら、開花するかな。

私の人生同様、もう少しの我慢かしら。

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沈黙(表現についての考察4)。

時々、表現のことについて個人的な考えをブログに書いてきたのだが、今回は沈黙をテーマに考えてみる。

どうして沈黙にこだわってみたかったのか?

というと。

声を上げて主張したとしても、どうでもいい人(興味のない人)たちにはただうるさたいだけにしか過ぎない気がしてならない。

実際、筆者自身パレード(またはデモ)に参加したことがあるけど、ただただシュプレヒコールをするだけでは威嚇しているようで相手も自分自身も怖さを感じてしまう。

あまのじゃくな面をもつ私だからかもしれないが、

騒がしい今日この頃、沈黙という手段を使って、何か表現できないのか考えてみたい。

沈黙で思いつくのがこの歌、

Simon & Garfunkel   The Sound of Silence

直訳すると沈黙の音となり、歌詞の内容は非常に難しくなる。いろいろ解釈している記事はあるけれど、

「社会が問題やメッセージを無視するというフラストレーションと不安。」

「人々にはコミュニケーション能力がある。周りを見て、お互いに愛し合うべき。」

という意味合いがあるそうな。

<参考記事>

Sound of Silence 歌詞を直訳して真相に迫る

今の日本はコミュニケーション不足に陥っていると思うし、

知らず知らずのうちに何も見ようとせず、知ろうとせず生きていく方向になっている。

続いて、沈黙といって思い浮かぶのはこの人。

マハトマ・ガンジー

彼はインド独立の父であるが、週に一度沈黙の日を設けて心の平穏を得ようとしたそうだ。

騒然とした世の中で心の平穏を求める為に沈黙したそうな。

暴動ではなく、非暴力、不服従による独立運動を指揮し、イギリスからの独立を果たした。

沈黙すると、社会に対する不安を感じる一方で、心の平穏を取り戻すこともできる。

沈黙はこの世で生きていくうえでの矛盾というか二面性とういうかを現しているのかな?

ちなみに、写真や絵画などは声を上げないで(沈黙して)物事を表現できる手段ですよ。

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表現についての考察3

私がとある友人からホームページ&ブログを書くことを勧められてから今月で約一年を迎える。

ブログを書き始めた頃は時間的に余裕もあり(当時としては・笑)練りに練った文章を書いていたつもりだった。

文章を通して何か表現できはしないかな。。ってとある連載企画も頭の中にはあったけれど、

今年の春からある仕事を始めたのもあり、脳みその中に文章を練りだす能力の衰えが出てきだした(泣)

短い時間で自分の想いをぱっと伝えられたらいいのだけど、なかなか難しいもの。

以前、

”伝える相手がいて、その相手に対してちゃんと主張、想いを伝えること”を”表現”

というのではないかと言う記事を書いたことがあった。

とはいえ、今年に入りどうしてもいただけない事柄がある。

“ヘイトスピーチ”

自分だけ良ければそれでいいのか?

憎しみがさらなる憎しみを生み出してしまう。

ここのところ、行動をとった人間に対して叩き落とそうとする風潮がいっそう強まっている感があり、

知らず知らずのうちに、物事を冷静に見る力を失っているのだと思う。

流されない!!

平和な世の中であれ!!

肝に銘じます。

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日は沈み月は昇り行く(光と影)。

当初(撮影当日9月18日時点)は、
”秘密。”
というタイトルで書こうかなと思っていた。

が、時間が経つにつれ秘密というお題で書ける文章が思い浮かなかったので、タイトル変更。

十五夜の前日。夕暮れに太陽と月を追ってみた。
まずは鹿児島市街地に沈み行く太陽。
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一度は撮ってみたかった、建築現場のクレーンが太陽を吊っているイメージ(笑)

理想的にはフックのところに太陽があればベストなのかもしれない。

ちなみに、当初記事のタイトルを秘密にしたかったのは、

写真の黒くなっているところ(みえないところ・影の部分)にどういうものがあるのか想像してみてくださいという意味合いで文章を書きたかったためだった。

が、私自身もそうなのだけど、各人表と裏の部分があって他の人から見られている、または見える部分と自分で他の人に対して見せないまたは見られないようにしている部分あって当然だと思う。

特に筆者は絶対に見られたくないものをいろいろ抱えているし、影は影のままにしたい。

あら、なんだかまとまらなくなってしまった。

なお、こちらの写真は同日ほぼ同時刻に東の空にカメラを向けてみたもので、季節柄桜島の頂上から満月が昇り始めていたところだった。

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今年は月と太陽を意識することが多い。

鹿児島新港、18時過ぎ。

9月に入ったとたん、太陽の沈む時間が早くなってきたように感じられる今日この頃、

何かしらの写真を撮りにいきたいなと思い、ちょっと外を出回った。

坂というか、山登りみたいなことをした後、久々に夕方の鹿児島新港に向かった。

毎日18時になると、鹿児島〜奄美諸島〜沖縄間を結ぶ定期船が出港する。

18時に船が出て行くところを見送った後、空に変化が見られた。

今日の天気は”晴れ時々雨”。

夕暮れに何かが起こることを期待していた。

西の空は晴れ間が出ているのにもかかわらず、雨が降りだしてきた。

東の空はからっとしているようにみえた。

もう少し水蒸気の量が多ければ、見える。

そんなことを思いつつ、しばらくすると東の空に薄いながらも輪っかだ。

虹です。

一時期は高い確率で虹をみることができていたけれど、時間に余裕がなくなったのもあり、

今年はまだ拝めていなかった。

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帯の幅が狭かったのもあり、写真写りとしては非常に見づらいものになってしまったけれど、

半弧状の虹を写真におさめてみた。

橙色に光る建物の姿もすごく鮮やかであった。

汗をかきかき走り回った9月9日重陽の日でした。

見上げる2。

時々無性に何か書きたいなと思うことがある。

だけと、何を書きたいのか頭の中でごっちゃになってしまううちに、やる気を失ってしまい書くことを忘れてしまう。

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この写真を撮った頃、とある噂が広まっていた。

街の真ん中に新体育館建設か?

理由はいろいろありすぎて、すごく違和感を感じていた。

このたび、撤回の話を耳にした。

街の在り方として、何でもかんでもつくればいいという時代はとっくに終わっていると思う。

以前に開発されてしまったのだが、
この場所にある、古き良きものは世界遺産クラスと遜色ないといってもいいのかもしれない。

街は変化するもの。

でも、、簡単に作ったり壊したりできるものではない分、将来のことを考えて作らないとだめだよというのは心得ましょうね。

以上です。