6月なので6にまつわる何かの話

今回は何処かの冠婚葬祭業者みたいな話になりそうですが(笑)、関係ないです。

単なる連想ゲームみたいなものとしてみてください。

まずは20年くらい前に遡って。

足しげくCD屋さんに通っていた頃、試聴してこの子をゲット!

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まだ輸入盤しか出ていなかったけど、この曲が超有名になってしまった。

(日本語で歌っているバージョンもります)

見た目のかわいらしさとクセのある声が同居している感じです。

さて、バンド名にも使われている6ペンスとは⁉︎

イギリスで使用されていた硬貨で、今では結婚式の際、新婦さんの左の靴に忍ばせると幸せになれるそうです。

結婚式で用いられるようになった起源はマザーグーのサムシングフォーの歌らしいですが。。。

ちなみにバンド名sixpence none the richer は、

『ナルニア国物語』の作者としても知られるC・S・ルイスが、その著書『キリスト教の精髄』(“Mere Christianity”)の中で用いた例え話に由来しており、

「小さな子供が、父親の誕生日プレゼントを買うために、父親に6ペンス(シックスペンス)のお金を求める。

父親は子供にお金を与えて、そのプレゼントに喜ぶが、それによって父親が6ペンス分の得をしたわけではない。

これは、キリスト教における神と人との関係を説明するためにルイスが用いた」

例えが由来だそうです。

この例え、どう解釈すればいいのかよくわからない。

さて、話しはがらっと変わり死後直後の世界へ。

同じ6でも六文銭というのは副葬品として死者に持たせるもので、三途の川の渡し賃だそうです。ないと服を脱がされるとか…

六文銭といえば、真田家ですね。

(昨年の大河ドラマの題材は真田丸でした。)

家紋に六文銭を用いていたのは、戦場に於いても死を恐れないという気概を示していたのかもしれない。

では、なぜ六になったのか?

地獄、餓鬼、畜生、阿修羅、人、天の六道輪廻の世界に由来しているからだとも言われます。

ちなみ、他の国にも冥銭はあって、大金を持たせるところもあるそう。
死後の世界ではお金に苦労したくないものです。

かなりこじつけた感ありますが、今日はここまで。

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連立方程式

タイトルからして非常に数学的話題に見えるけど、関係あるような関係ないような話です(笑)

生きてると様々な壁や問題にぶち当たるものであって、単純に解決しないこともあります。

幾つかの問題が同時に起こってしまい、それらに対する答えを同時に導かなければならない時とか。

普通なら一つ一つの事柄を解決すればいいのだけど、答えを出すにあたり別の問題が邪魔をする(卵が先かニワトリが先かのような事象)こともありえます。

そんな時は、数学でいう連立方程式を解くみたいな感じで同時に答えを出すことが求められるのであって。

4〜5年前、実際に起こった問題

父親の負債を返済するため、まとまったお金が要る

今まで住んでいた実家(店舗付き住宅)をどうにか改築または処分しなければならない

という事案が同時期に発生してしまいました。

当初は実家の改装も考えていたけど、費用の捻出や生活の実体に合わなくなったきたのもあり、売りに出して売却したお金で返済の費用を捻出する。

という答えを導き出したものでした。

この方法で5年前のピンチをなんとか乗り切ったところです。

これから来年または再来年までに同時に答えを導き出ないとならない事柄が出てきだしているのは間違いないみたいで(おそらく3つのことについて解を求める。具体的内容は控えた方が良いので書けない)、また数式を立てる必要が出てきたなと思う初夏であります。

いろいろある親だけど、今日は父の日が近いので、先程親父に会いに行ってきたところです。

会いに行く途中で見れた桜島。

果たして、私自身父親になる時はくるのだろうか(笑)

ふじとばら

約1年ぶりの更新となります。

書きたいネタがなかったわけではなく、あれやこれやで頭の中の整理がつかない状態が続いていたのでお休みしていました。

さて、復活第1弾のお話は…

加治木まんじゅう、滝、花の香り、バラ、点と線、磯、アルケミストなど思いついたのですが今回は”ふじとばら”で。

今年の春先は今までになく花を見た年になった。

まずは5月初旬、霧島市の和気公園に咲いていた藤まつりより藤の花。

白い藤
藤棚

藤まつりは初めて訪れたのですが、

見栄えもさることながら花の香りが心地よか。

意外と外国からの観光客が多いことに驚き!

続いて、鹿児島市錦江湾公園に咲いていたバラの花。

Rose


バラといえば、the rose

優しくも力強い。

あとは、情熱の薔薇も。

答えは心のずっと奥の方にある。

まだ見えてないけど。

カミングアウト

どこかのタイミングでカミングアウトしないととなぁ。。と思いつつも、

肝心なことがなかなかまとまらないのもあり、ずっとためらっていたこと。

「どういうことか?」

というと。

それは、私が

”ADHD(発達障害) × アスペルガー症候群”

ではないかということ。

 

以前からではあるけれど、

「普通の生きかたでは生活できない。すごく生きづらい。」

という感覚を持っている。世の中に適応できないというか。

実生活において、字は汚いながら(笑)文章の書きはできるけど、読みの方は支障をきたすレベル。

見えるけど字を読み飛ばしたり、読み間違いを引きおこしたりする。

会話においても相手が話している内容を理解するのに時間がかかるのはもちろんのこと、

大人数における会議において理解の速度が追いつかないし、

自分が発言できるタイミングを掴むことができない。

会話では私の伝えたいことが伝わらないし。

相手の冗談が全くと言ってもいいほど私には通じない。

 

一体、その原因は何なのだろう?

幼少の頃を振り返ってみる。

「バカなことをしていた。。というよりは、他の人と行動を合わせたくなかった。」

なぜだか幼稚園のお遊戯会で衣装を合わせるのを嫌がっていた記憶はある。

そして、左利きだったので、お箸を持ったり、字を書いたりするのは左手だった。

小学校に入った頃だったと思う。

利き手を右に矯正された。

その頃からか、自分の不器用さを認識するようになった。

体力や芸術的センスはないのもわかっていたので、運動系や技術的ことからは避けていた。

また、リーダー的な目立つようなことも行わなかった。

ただ、記憶力はあったみたいで勉強ができることだけで、

他の不足分を補っていた(または、穴埋めをしていた)。

学校に通っている頃はなんとかそれで過ごせることができた。

場所柄親の夢は”私が公務員になって安定した収入を得る”ことだった。

 

しかしながら社会に出て、稼ぎを得ないと生活できないとなると、

コミュニケーション能力や適応力が試される。

ただ勉強だけできても実生活に対し役に立たない。

(なので、私にとって”頭がいい”とは世間一般的な”頭のいい(勉強ができる)”とは違って、

”適応力ある”という意味で使っています)

精神的な病気なのかなぁと思いつつも、

世間一般的な大人の人生を過ごすのではないなと感じつつも、

時間やお金なんてないのでそのままやり過ごさざるをえない。

 

どうやらここで、私の人生を振り返ってみる時がきた。

(病院にかかった訳ではないけれど、)幼児期から現在までの状況を分析すると、

ADHD発達障害とアスペルガー症候群の2つの症状を患っている可能性を否定することはできない。

(今思うと、両親もこの病気の可能性があったのかもしれない)

このことを肝に据えて、今後の人生を私なりに全うしていきたい。

その前に、生きづらさから解放されたい。

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BLUE

Costa Victoria

今年は海外からのクルーズ客船入港が例年になく多く、86回は入港予定が確定しているそうです。

朝の7:00から8:00頃に入港、出港時間は17:00から22:00頃になることが多いので、

なかなか大型の客船が入港するシーンをタイミングよく見ることができないのですが、先日ようやくみろことができました。

4月29日。マリンポートかごしま(鹿児島港)にて。

イタリア船籍の大型客船”Costa Victoria(75166トン)”が13:00過ぎに近づいてきました。

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旗を持つ人と入港してくる客船。

初めて見たのですが、岸壁には自動車レースのゴールで見かけるチェッカーフラッグみたいな旗を持った案内人が立っていました。

この旗は”N旗”というらしく、旗の位置と接岸した際、船のブリッジ(船橋、操舵室)の位置になるよう決められるそうです。

(定期船だと岸壁にペンキで印が書かれていることが多いですね)

コスタ・ビクトリア
コスタ・ビクトリア

70000トン超えるだけあって大きい。

このくらいあれば船酔いなんて気にならないのでしょうね(笑)

先頭部
先頭部。ここから係留用のロープが投げられる。
デッキ
デッキと乗船客。リゾートマンションみたいだ。

なんだかリゾートマンションみたいですね。

本船の船籍はイタリアなのですが、デッキ上には中国系を始めとするアジア人観光客が多く乗っていたような感じでした。

接岸後は多くの観光客がバスに乗り込んで行きました。

 

話は変わりますが実は、今年に入り特に感じることがあります。

それは

”鹿児島市の繁華街である天文館界隈において日本語を話す人よりも中国語、英語をはじめとして外国語を聞く機会の方が増えたなぁ。”

ということです。

”鹿児島の街もだいぶ国際化されていくのかなぁと思う一方で、昔ながらの天文館の街の雰囲気とはだいぶ変わっており、地元の人が気軽に遊びに行けるようなスポットが減っているのと、全国展開のお店が増えたのもあって街自体の面白みや活気がなくなっている。”

ことも感じられます。

地方都市が生き残るためはどうしたらいいのだろうか?

 

年頭所感。

明けましておめでとうございます。

ブログとしては2か月ぶりの登場になりました。

昨年は正月に思ったことがそのまま、非常に厳しい年となってしまいました。

昨年の正月に書いた記事はこちら。

年がら年中、頭が働かず脳の整理がつかない状態となっていましたが、

年も変わったおかげか徐々に治りつつありそうです。

昨年の状態を船の仕組みに例えると、

方位を定めるコンパスと舵の両方が壊れてしまった感じでした。

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鴨池港にて。垂水フェリーと桜島。

 

運勢的にもそうだったみたいで、ある神社を訪れた際

”八方塞がり(陰陽道(おんようどう)で、どの方向に向かってもすべて不吉の結果を招くこと。転じて、どの方法もふさがれてしまって、どうにもならないこと。

)”

年であることもわかり、妙に納得してしましました。

さて、本年に入りそのような苦しみから抜け出しつつあると思います。

正月に私の心の中で感じたことを、今年の予想として書き留めてみます。

2016年は私にとって稀に見る良い年になりそうだということ。

”結婚もするし、お金の回りも良くなる”

と感じ続けているので、この予感は昨年に続き当たりそうかなと

思うところです。

両方とも今のところ全くあてはないけど、予感は確かにあるので、

今年一年、(正確には旧正月以降)楽しみに過ごせそうですね。

写真は自宅から見えた今年の初日の出です。

初日の出。
2016年の初日の出。

 

赤い鳥居、白い鳥居。

最近あることに気がついた。

それは、私が赤い鳥居の神社に縁がないということ。

普通、神社の鳥居といえば、朱色を思い浮かべる方が多いと思う。

が、私の場合、赤い鳥居のある神社に入ったことがほとんどないなぁと最近というか、今日ふと思った。

たぶん、最近では霧島神宮の本殿と鹿屋にある荒平天神にしか行ったことないかもしれない。

しかも、霧島神宮にはコンクリートや山神社など朱色以外の鳥居も存在するので、

厳密に言う朱色の鳥居の神社には入ったことがないかもしれない。

 

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荒平天神。

 

現在連載中の放浪記でも、広島の厳島神社には入れなかったし、京都にある伏見稲荷神社には気味が悪くて入れなかった。

一方、香川県にある金毘羅宮にはすっと入れることができた記憶がある。

 

下の写真は日置市吹上町にある久多島神社の鳥居です。

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久多島神社。

 

 

6月、隣町の日吉町で行われた”せっぺとべ”というお祭りがあった際にここを

訪れたのだが、たまたまそこにいたおじさんと話をしたところ、

”白い鳥居の神社は珍しいのではないか?”

と話を振られた。

確かにそうなのかな。。。

と当時はそう思った。朱色やコンクリート、木製の鳥居はよく見かけるけど、白塗りの鳥居は初めて見たような気がしたから。

そんな話を6月に書こうかなと思ってはいたものの、

なかなか頭の整理ができないうちに、

今日まで経ってしまった。

そして、先ほどのことに気がついてしまったのです。

これからも私にとってはこの法則が適用されるのでしょうね。

 

それぞれの世界。

先日港で黄昏ていたときのこと。

周りから見られていることを気にせず、自分の世界にはまり込んでいるカップルを見かけた。

熱い抱擁したりキスしたり。。。

それを横目に私は夕暮れ時の風景を残そうとした。

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夕刻のサクラフェアリーこと第二桜島丸。

たまたま散歩中のおっちゃんから

「あのカップルも撮っちゃえ(笑)」

なんて、話しかけられたものの、

私が好きなのは夕景なので、羨ましいなとは思いつつも目障りだったので(笑)

彼らを私の視線から外した。

彼らには彼らの、私には私の世界がある。

そんなことを言っている私も、ゆうべはすごくかわいい子を人目を気にせず抱擁していた。

その子のことをいつまでも手放したくなかったのだろうなぁ。。。

しばらくしてその子とクルージングしてた。

そのあとのことは覚えていない。

Legend of the Seas。

あの出来事から数日が経ったゆうべの眠りは、いつもにまして浅いものとなってしまった。

ただ、その子は私のこれまでの人生において実際に会ったことはないけれど、

目はすごくパッチリしていてすごく印象的なのは確かだった。

また会ってみたい。今度は現実の世界で。

忘却。

予想はしていたことですが、

今年は人生稀なほどしんどいことが続くなあと思いつつ、

今はなんとか耐えているところです。

その影響か、とにかく頭が働かない日々の繰り返し。

ブログもそうなのですが、いつもに増して表現する能力が落ちてしまっていた。

記録としての写真はあるものの、

行った場所とか、

その時思ったことを言葉にできなくなってしまっている。

今となっては過去のものとなってしまうのかもしれないけれど。

記録として残したいことすら忘れ去られてしまうのだろう。

甑島に陽が落ちる。
甑島に陽が落ちる@吹上浜

呼吸と生命力の話。

先日書いたブログで「呼吸をするのが苦しい。」と書いたことがある。

母親の影響か、私はもともと呼吸が弱い(呼吸が浅い)ことはわかっていた。

ただ、今年に入り生命力がだいぶ低下している感じがしている。

というのも、普段から睡眠も浅いことはわかっていたものの、

今年に入るとこの症状がひどくなり、とくに用事のない日は寝込んでいるか、

頭が働いていないことが続いていた。

(本ブログに何か記事を書いてみたいなとは思いつつも、全く頭が働かないこともあり、文章を書く能力が落ちてしまっている)

身体の調子が悪くなっている原因の一つに呼吸が浅いこと(最近はとくにひどくなっている)にようやく気付き、今月より呼吸法を変えることに挑戦している。

アレルギー性鼻炎の影響もあり、

これまで口呼吸中心だったのを腹式呼吸に変えているところです。

やっと、本来の私の身体の中にあるエネルギーを呼び起こすことができるかもしれない。

これで声が出ない、声が通らないことも克服できればなと思う。

生命力を復活させたい!!