国境をゆく。

タイトルはすごく大げさですが、かつては本当に国の境だったそうで。
その場所とは?
姶良市重富の国道10号線付近にある白銀坂です。
ここはかつて薩摩の国と大隅の国との境界だったらしく、戦国時代には島津貴久公や義宏公も陣を構えて蒲生氏と対峙したそうな。

参考資料;姶良町歴史民族資料館ホームページより。
http://www12.synapse.ne.jp/aira-museum/sirakanezaka.htm

写真は桜島の湯平展望台から見た吉野〜牟礼丘〜姶良方面(白銀坂)になります。明らかに険しい山かと。。。

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明治になり、国道10号線や国鉄の日豊本線にあたる道ができるまで、鹿児島市から抜けだす数少ない道のひとつとして、
重要な街道であり、要所でも、難所でもあったそうだ。
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予想はできていたのだが、坂を登るというより登山すると言ったほうが正しい表現かもしれない(笑)

道の両脇より敵陣が攻めてきたとしても、なかなか太刀打ちはできないだろうなと思いながら、山道を登った。

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ちょっと寄り道になるけど、道中には布引の滝という幅2メートル、落差20メートルの滝もあり、涼を求めるにはいい場所かと思う。

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展望所に到着。重富海岸を望む。

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走行中の列車を捉える。一日2往復しかみられない783系ハイパーサルーンなので貴重かも。

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登山口からわずか900メートルで息の根があがってしまったのと、登山口に車を置いてきたのもあって、今回は白銀坂全征服まではいかなかった。
牟礼丘まで残り2.2キロメートルはまた後日挑戦するとするか。
登山靴用意しなければ。

それにしても、先人たちはよくこの険しい坂上り下りしたんだな。。。と感心するところです。

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鹿児島新港、18時過ぎ。

9月に入ったとたん、太陽の沈む時間が早くなってきたように感じられる今日この頃、

何かしらの写真を撮りにいきたいなと思い、ちょっと外を出回った。

坂というか、山登りみたいなことをした後、久々に夕方の鹿児島新港に向かった。

毎日18時になると、鹿児島〜奄美諸島〜沖縄間を結ぶ定期船が出港する。

18時に船が出て行くところを見送った後、空に変化が見られた。

今日の天気は”晴れ時々雨”。

夕暮れに何かが起こることを期待していた。

西の空は晴れ間が出ているのにもかかわらず、雨が降りだしてきた。

東の空はからっとしているようにみえた。

もう少し水蒸気の量が多ければ、見える。

そんなことを思いつつ、しばらくすると東の空に薄いながらも輪っかだ。

虹です。

一時期は高い確率で虹をみることができていたけれど、時間に余裕がなくなったのもあり、

今年はまだ拝めていなかった。

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帯の幅が狭かったのもあり、写真写りとしては非常に見づらいものになってしまったけれど、

半弧状の虹を写真におさめてみた。

橙色に光る建物の姿もすごく鮮やかであった。

汗をかきかき走り回った9月9日重陽の日でした。

天と地。

ここ数日、鹿児島県内では激しい雷雨が続いた。

目覚まし時計かとういくらいに、早朝から雷鳴が響いており、
まぶたを閉じているにもかかわらず、一筋の閃光が轟音とともに天から地に突き刺さっていた。

かみなりは、神様が鳴らすものだと考えられていたそうだ。
雲の上にいて、鬼の姿をし、虎の皮のふんどしをしめ、太鼓をもつという。
(そういえば、ドリフで雷様のコントもあったな(笑))
へそを取られないように、おなかを隠してた。

また、雷にともなって発生する閃光を稲妻とも呼ぶ。

一説によると、落雷によって大気中の窒素が田畑に固定(固着)されるため、落雷した稲穂は雷に感光することで実ると理解されるようになったみたいだ。

稲のはなしになったので、最後に棚田の写真を何枚か。

下2枚は鹿児島県日置市日吉町内にて。
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こちら3枚は、棚田百選にも選定された湧水町幸田の棚田。
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