三宮センター街。

”街を歩く”神戸編。

最終回は三宮駅周辺の商店街を歩いた感想を少々。

私は鹿児島の中心部、天文館の近くで生まれたのもあってか、商店街をぶらぶら歩くのが好きである。

では、私にとって三宮の印象はどうだったのか?

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まずは鹿児島と比べ通行人が多い(笑)

当然ながら、住んでいる人口が違うからかな・・・

それと、個人的に鹿児島の天文館と違うな感じたことを2点。

まずは、三宮のショップ1店舗あたりの面積は狭いような気がした。

PB2313333人件費や家賃、維持費は狭い分、抑えることができるはずなので、売り上げを上げるためには、商品の回転効率を上げることが必須となる。

商品の回転効率を上げるためには?

・・・単純に考えると、それだけお客さんの入りを増やすことか。

お客さんの入りを増やすために、 商店街だと特に、魅力のある街にしないと寂れている感が如実に現れてしまう。

そこが天文館を含め多くの商店街や商店が抱える問題であって、私も以前、家業の商売をはじめ、何回か店舗の経営に関係したことがあったけど、なかなか解決することができなかった。

私の宣伝下手は否めなかったけど、 ”前任者の後を引き継いで商売をするのはむずかいしいな” とも感じたのもあって、商売から手を引いたこともあった。

PB2313353もう1点は何か?

三宮は道が広いせいか、アーケード内の空間がすごく広いなと感じた。

個人的には、2階(や地下)部分にも店舗があるんだなと初めて訪れた人にも分かるような造りだと思った。

面白い街とは?

商店街自体に個性を持つことがが必要だと思う。

先ほども挙げたように、魅力の無い商店街だと人は見向きもしななり、いずれは”シャッター通り”になってしまいかねない。

では、個性のある商店街とは?

いわゆる、ショッピングモール 内にあるような全国規模のチェーン店ばっかりしかないような商店街は全然面白くもなんともない。

以前、東京にある大概の駅前(正確には駅ビルかな)を見た時、どこに行っても変わらない印象があった。

 ”これまでいろんな街並みを歩き回ったことを思い出しつつ、 今の鹿児島の現状を分析、今後の鹿児島のことを考えてみようかな。と、思う今日このごろです。”

という感想を持ちつつ”街を歩く”神戸編は締めます。

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ロケ地っぽい場所。

当初のタイトルは『不毛地帯』にするつもりだった。

というのも、『不毛地帯』のような何かしら大作ドラマで見たような感じがしたから。

でも、よくよく調べてみると、ロケ地として使われていないようだ。 海岸ビルヂング

神戸港沿いに”ロケ地か”と思った、その建物群は存在する。

おそらくは石造りであろうこれらの建物は堂々としていた。

建物名も ”○○ビルヂング” というように、まるで『ALWAYS 3丁目の夕日』みたいだった。

写真の建物”海岸ビルヂング”も、前タイトル(南京町からちょっと海寄りのストリートで。)で紹介した建物と同様、部屋をテナントとして貸し出されている。

とういことで、このビルヂング内に潜入してみた。

エントランスおよび階段

中に入った途端わかったが、エントランスといい階段といい、ドアといい、建物を構成するそれぞれの要素すべてが威風堂々としていた。

コスト重視の現代において、こんな頑丈で頑固で立派な建物を造ることができるだろうか?

海岸ビルヂング天井

天井もすごく凝っていた。

回廊テナントの案内

建物の築年数とは真逆に、テナント紹介のデザインは現代的だった。

でも、建物とデザインはマッチしていた。

他のビルヂングもいい雰囲気だったので、写真で紹介。

まずは、商船三井ビルディングから。

商船三井下2枚に写っている海岸ビルは阪神大震災で甚大な被害を受けたが、外壁部分を再利用して近代的な高層建築に生まれ変わった。

海岸ビル1高層ビルたちの中に、居留地であったと思われる洋館が堂々と存在していた。

街中の洋館

今回紹介したビルヂング群は、南京町からちょっと海寄りのストリートで。に登場した建物と同様、日本が近代化した頃(明治から昭和初期のあいだだろう、間違っていたらごめんなさい。)に建てられたものと考えられる。(世界遺産に登録されて良いかも。)

この頃の日本は、 ”西洋に追いつけ、追い越せ” ということで、 国として相当な勢いがあったと思うし、良くも悪くも世界に向けて発信する力もあったはずだ。

では、今の日本はどうだろうか?

悪い意味でグローバル化の波に飲み込まれているのと同時に、エネルギー問題とか世界から立ち後れている事柄もある。

明治維新から大正期にかけて日本が近代化を成し遂げたのは、真似でもよくて西洋をはじめ他の国の良いところを”自ら”取り入れる能力があり、自国で消化できたからだと思う。

バブルの頃からかな・・・押しつけを受け入れて、本当に良いものを自ら取り入れる能力を失ってしまった気がする。

一方で、特に私の住んでいる鹿児島に言えることで、(歴史的背景もあるけれど)古くても本当に良いものが残っていないのがすごく残念でならない。

 

南京町からちょっと海寄りのストリートで。

中華街を後にした私は、海を見たいと思い、港の方に向かった。

途中、レトロな建物に遭遇した。

栄町ビルディング外観

築年数はよくわからないが、明治期から遅くとも昭和初期までに建てられたであろう。(個人的な推測です)

どうやら、この建物は1階だけではなく、他の階にもテナントが入ってるそうだ。

とりあえず、ビルの中を探訪してみた。

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建物内部もレトロ感が漂っていた。

意外と廊下にまでお客さんがあふれていた。

どうやら、部屋がテナントになっているようだ。

おしゃれな洋服屋さんや雑貨屋さん、ギャラリーなど入居していた。

1部屋あたりの広さも10〜12畳くらいだったと思う。

非常口やドアも年期が入っていた。

リフォームというか、リノベーションというべきか、元となっている建物の良さをそのまま生かして現在も使っている。

すごく、かっこよかった。 この建物の内装・雰囲気を見て、ある思いを感じた。 栄町ビルディングを出て歩くとちょっとしたところに、不思議な光景を見かけた。

融合ですな。

神戸なのだけど、長崎ちゃんぽんを売りにしてたり、人形が洋風だったり、字体が思いっきり和風だったりして、和洋折衷(この場合、衷は中に置き換えてもいいか)なところが実に面白い。

しばらく歩くと、またもやレトロな建物がみえてきた。

この建物もテナントが入っているみたいなので、おじゃましてみた。

1階は一見、倉庫のようだが、奥にはひっそりと食堂があった。(写真は建物奥から入り口の方を向けて撮影しています)

2階の廊下には古着が陳列されていたので、とりあえずお店の中に入ってみた。

古着屋さんというか雑貨屋さんというか年代物の服、帽子、時計、アクセサリーなどが売られていた。

店員さんとしゃべってみたが、お互い、

”今の時代、何もかもが便利になりすぎている。”

”毎日時計のネジを巻くのはめんどくさいけど、本当に良いモノはいつまで経っても残る。”

店舗に使われている建物は阪神大震災の衝撃にも耐えたんだと思うし、良いモノはいつまでも残るんだという証明にもなるかな。

ちなみに、私が写真を撮り始めたのもフイルムの一眼レフからだったので、大変さと同時に面白さも学んだ。

これが全部オートで設定ができるデジタルカメラからスタートしたのだったら面白さは半減、いや、撮りまくるだけで、それほど楽しくなかったかもしれない。

また、店員さんに鹿児島のイメージについてもきいてみた。

”鹿児島といえば野菜がおいしい”

ということだった。

関西地区では鹿児島産の農作物が多く流通している。

鹿児島にとって”農業”は大事な産業なんだよなぁ。

県外に出て認識させられることもある。

と同時に、鹿児島のアピール不足と鹿児島自体に足りないものも感じた。

今回訪れた界隈、今はまだまだ”知る人ぞ知る”とういう感触だったけど、もうまもなく神戸の観光名所になるだろうな。

そんな予感がした。

南京町。

3年ぶりに神戸の南京町を訪れた。

くしくも3年前は民主党の鳩山由紀夫氏が日本の総理大臣になったばかりだったが、12月に行われる衆議院選には出馬しないようだ。

南京町と鳩山由紀夫、共通点は? 友愛 写真を見て気づくかな?

”友愛”

なかなか良い言葉なのだけど、今となって個人的に思うことがある。

彼も何かしらの力に押し潰された一人なのかもしれない。

門のそばにあった像には、こんな落書きもあった。

rakugaki

国内もそうだけど、世界的に友情が芽生える.

そんな時が来て欲しい。

そう願いを込めて書く、今日この頃です。

準備中

名刺を作りたい。

いきなりだけど、これまで一度も名刺を作ったことが無い。

別に名刺が無くても普通に生活できたし、支障はなかった。

ここ1年、ちょっとしたきっかけから、いろんな人と出逢う機会が増えた。

そんな、出逢いの場で、時々名刺を渡されることがある。

渡すものがないので、ついついあたふたしてしまう。

人の名刺を見てカッコいいなと思う。

”せっかくだから、私も名刺を作ってみようか”

とは考えてはみたものの、どういうことを載っければいいのかさっぱりわからない。

今のところ、肩書きなんてないし・・・ どうしようか・・・