Ⅱ- 4.京(その1)

8月16日。

いよいよ今日から京都入りです。

予定では明日の昼くらいまでは滞在しようと考えております。

できるだけ観られるところは制覇したい。

さて何カ所いけるのだろうか!?

 

京都入りする前に・・・

後半戦用に着るだけの衣装がないので宿を出てから近くのコインランドリーで洗濯を済ませて・・・

ようやく出発!!

実のところ本日の予定はまったく決めていなかった。

完全にノープラン!!

これまで2日間はJR線のみ使用してきたが、今日は(宿の近くに阪急の駅があり京都方面にも向かうことが可能なので)阪急電車を利用してみた。

通勤時間を若干過ぎたせいか比較的車内はすいていた。

下から上にあげて使用するブラインドが珍しい。

阪急電車を使うと梅田から河原町(四条河原、祇園方面)まで乗り換えなしで行けるのだけど個人的にこの町名にはあまりなじみがなかったので、とりあえずちょっとだけなじみのある嵐山方面へ向かってみた。

桂駅で嵐山線に乗り換えると行けるそうで、終点嵐山駅の改札を出ると気になるポスターを見かけた。

五山送り火の広告でしかも僕が行った当日に催されるそうだ。

なんと運のいいことであろう。

まあ開催されるのは夜になってからのことなので昼間は予定どおり市内を見物しようと。

嵐山駅に到着しても何をしようか特に決めていなかった。

ホントに何も下調べしていなかったからなあ。

以前京都旅行を計画した際見物する地区だけはある程度決めておかないと、京都市は広いからあれこれ移動するとなったら移動時間がもったいないということだったことを思い出したので、今回もなるべく移動しないようにしなければと思いつつ動くことにした。果たして結果はいかなることに・・・。

嵯峨野地区にて。竹林は有名である。
嵯峨野地区にて。竹林は有名である。
嵯峨野地区にて。竹林は有名である。
暑い京都の夏。それでも風がここちよい。

嵐山からは亀岡まで保津峡沿いに嵯峨野観光鉄道のトロッコ列車が運行されている。

ここはルートが変更される前の旧山陰本線として使用されていたが、当該路線の電化・複線化により旧線の方は観光専用鉄道に生まれ変わった。

基本的座席指定制なので(特に春・秋の観光シーズンは)予約しないと乗れないらしい。

なかばあきらめぎみに駅の時刻表を見ていたが、どうやら1時間ほど待てば立ち見席だけは空いているようだそうで、せっかくだから僕もトロッコ亀岡駅までの切符を購入した。

理想的には往復で買うか帰りは保津川下りの船に乗るしかなかったが予算的な都合により片道分だけ買った。

このトロッコ列車には『ザ・リッチ』というほとんどシースルー(素通し)の車両もあり、僕はザ・リッチに乗れた。

トロッコ嵐山駅。
トロッコ嵐山駅。左2本山陰本(嵯峨野)線。右端観光線。

 

いよいよ列車は出発。さすが窓ガラスが無いだけあって(特にトンネル内では)風をもろに感じた。

京都市は盆地の中にあるだけあって夏場はものすごく暑いらしいのだが、川沿いを走る列車はエアコン無しでも涼しかったのだ。

沿線では信楽焼の狸の置物や保津川を下る川下り船を見かけた。
亀岡駅到着後、僕はいったん京都駅の方に向かった。

狸たちのお出迎え。
狸たちのお出迎え。
つかは(紅葉シーズンなどに)優雅に川下りしてみたい。
いつかは(紅葉シーズンなどに)優雅に川下りしてみたい。
トロッコ亀岡駅の近くにて。
トロッコ亀岡駅の近くにて。

亀岡駅到着後、僕はいったん京都駅の方に向かった。

同じ区間でも新線の電車だとさすがに速いな。

京都駅に着いた僕は駅前にある京都タワーに登ってみた。

京都駅。ものすごく近代的。
京都駅。ものすごく近代的。
京都タワーから鴨川や銀閣寺方面を望む。左前に三十三間堂が見える。
京都タワーから鴨川や銀閣寺方面を望む。左前に三十三間堂が見える。

京都タワーを後にした僕は(とりあえず)再び嵐山方面に向かった。

今度は地下鉄と嵐電を乗り継いだ。実は太秦映画村に行きたかったのだが、電車の中吊り広告に載っていた入場料が予算オーバーだったので、途中下車することもなく嵐山駅に着いた。

渡月橋あたりを散策してみた。

渡月橋にて。今となっては橋全体の写真とっておけばよかったなと思う。
渡月橋にて。今となっては橋全体の写真とっておけばよかったなと思う。

 

「日暮れまではまだだいぶ時間があるのだけれども、もうそろそろ送り火を見るための場所を探さないとならないなあ。」

ということで、僕は嵐山を後にした。

少々このあとの記憶が曖昧になってしまっているのだけれども、たしか河原町経由で銀閣寺のある東山地区に向かったと思う。

間に合えば銀閣を拝観できるはず。

急いで向かったのだが、拝観時間は終了していたので銀閣の近くを歩いてみた。

 

東山地区にて。 銀閣の近くにある小さな川。写っている橋を歩いて渡ることならできそうだ。周囲にはこじゃれた店が多数あった。そういえば銀閣の参道で抹茶味のソフトクリーム食べたなあ。おいしかった。

銀閣の近くにある小さな川。

写っている橋を歩いて渡ることならできそうだ。

周囲にはこじゃれた店が多数あった。

そういえば銀閣の参道で抹茶味のソフトクリームもおいしかった。

 

大文字山。日が暮れたら点火されます。
大文字山。日が暮れたら点火されます。

大文字は銀閣の近くで見ることができるのは知っていたのだけれども、あまりに近すぎるとかえって見づらいこともあるのだ。

他にも焼きだされる文字はあるようなので、点火までまだ1時間ほどあるので、まだ他にいいスポットがないかさらに移動してみた。

たしか下鴨神社付近に行ったと思う。

しかも鴨川の川岸だった。

鴨川といえば普段から京都のデートスポットとして有名なのだが、当日は黄昏時からどこからともなく浴衣姿の方々が現れてきた。

なんとか見る場所を確保して火が放たれるのを待っていた。

 

 

夜8時、いよいよ点火。

最初はどこに見えるか分からなかったが2分ほどすると“大”の字が現れてきだした。

5分経つとはっきりしてきた。10分ほど経った状態が一番きれいだったと思う。

 

きれいにみえるのはほんの一瞬だけであって、あとは消えていく一方である。

儚さを感じてしまうのである。

CA390153
大の字。

ここで本行事についてちょっと説明を。

僕も“大文字焼き”と思っていたのだが、どうやら“五山送り火”というのが正式呼称らしい。

いつ発祥したのか不明であるが少なくとも江戸時代にはあったのだろうではないのか。

毎年8月16日、京都五山にて死者の霊をあの世に送り返すために炎をあげるそうです。

大文字の他、“妙法”、“舟“、”鳥居“、”左大文字“の計5種あり、全部同時刻に点火されるわけではなく多少の時間差があるそうです。

おそらくいくつかの宗教、寺院が関わっているのであろう。

写真には撮らなかったが妙法の文字は見ることが出来た。

舟や鳥居は見たような記憶があるのだがほんとに見たかどうかは今となっては定かではない。

左大文字は観ていないと思う。

京都で8月16日はまだお盆期間中なのだなと思いつつ、ノープランで行ってみたものの(ホントにたまたま)貴重な行事を見ることができたのでものすごくラッキーだった。「日本の夏」という感じがした。

 

送り火を見た後、どこにいこうか何も考えていなかった。

多くの観光客が鴨川の河川敷から去った後ちょっと左京区京都大学辺りを歩いてみた。

「ここが日本屈指の名門大学なのだな」

と思いつつ夜はすごく静かだった。

左京区だけでも京都御所や比叡山、三千院など見所はたくさんあるのだ。

またいつかじっくり見てみたい。

 

ここで本章のタイトルを

「なぜ京都ではなく京にしたのか?」

についてちょいと説明。

最近大河ドラマを見て知ったのだけれども、

どうやら皇居が江戸(現在の東京)に移る前まで京都は“京“と呼ばれていたらしい。

まさに日本の首都であった。

 

この後僕はバスに乗って京都駅に戻った。

大阪駅行きの最終電車に乗ってとりあえず大阪で夜を過ごすことにした。理由としては、京都市内で宿を取ろうとするのはなかなか大変なので。

(イメージとして高そうな旅館しか無さそう。インターネットで宿泊先探して見たけれども、低予算で泊まれる適当なものがなかった。)

大阪駅についた僕は梅田界隈で一晩過ごすことにした。

昼間はデパートやターミナル駅があるためとても賑やかであるのだが、さすがに夜中は人通り少なかった気がした。

いや、ちょっと離れた商店街の方へ向かったら遅くまで開いている居酒屋さんやCD屋などありけっこう人気があった。

泊まれそうなところを見つけることが出来ず(宿泊施設に関して新大阪の方があるのだろう)、始発電車が来るまで4時間ほど駅や商店街のあたりを彷徨っていた。

見知らぬ土地であるし治安について心配したのでそこまで動きまわることはしなかった。

僕が行った当時大阪駅は建て替え中だったので殺風景な感じだった。

たった4時間くらいだったけどすごく長く感じた。

 

4時半くらいだったと思う。

大阪駅のシャッターが開いたので京都方面行きの始発電車に乗り込んだ。

続く。

 

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