Ⅰ – 7.九州横断Ⅱ. 久大本線編

第1部も残すところ2節となりました。
最後の2節は九州北部を横断した行程を思い出してみることにします。

両コースともかなりオーソドックスな行き先だと思います。

 

今回は福岡県久留米市から大分県別府市に向かい筑後川沿いを上る形で九州を横断した。

福岡県内の一部地域についてはこの九州横断に関係なく訪れたことがあったので、ちょっとだけ過去の記憶も合わせて載せることにします。

まずは久留米駅から日田市まで。

 

久大本線は久留米駅と大分駅を結ぶ路線である。

日田に至る途中や周辺地域にも見どころはあるのでちょっと振り返ってみることにします。

久留米市の東端にあたる筑後草野駅周辺について。

この地区は久留米市の中でも古い建造物が集まっているところらしい。

一つ手前の善導寺駅で降りたのだが駅の周りは農地ばかりでホントに建物があるのか信じられなかった。

(善導寺駅の近くにはその名の通り善導寺があります)その時はたしか県道沿いを草野方面に歩いたはずだ。

草野地区に入ると建物名は忘れたが洋館らしきものがあった。

全国的には知られていないのだが福岡に住んでいるとき知ったところである。

そのため人気(ひとけ)もほとんどなく、筑後草野駅に到着した際も駅のホームには数人ほどしかいなかった。

隣の田主丸駅は河童の伝説があるらしく駅舎も河童の形をしている。

駅前から甘木方面にバスが出ている。

逆に甘木鉄道または西鉄の甘木駅を出発点とするのもいいかもしれない。

朝倉市と周辺についても名所をちょっと。

朝倉市甘木秋月は明治新政府に反旗を翻した不平士族の反乱である秋月の乱が起こったところ。

小京都といわれるだけあって秋月城や城下町が有名なのであるが桜や紅葉も綺麗だそうだ。

秋月には甘木バスセンターからバスで行けるのだが意外と距離があったので一度も訪れることもなく福岡を出ることになってしまったのでちょっと残念。

それと旧朝倉郡には木製の三連水車が、筑後川の北側には原鶴温泉や筑後川温泉をはじめいくつかの温泉街があるので有名。

温泉街にはバスでも行けないことはないのだが車で行った方がいいのかなと思う。

日田市と近い雰囲気の町がある。

筑後吉井(うきは市吉井町)。

白壁の町として有名で、春先にはひなまつりが開催されます。

筑後吉井駅には実際に降りたことあるのだが九州で白壁といえばここだと思う。

なお、吉井町からは先ほど述べた原鶴温泉方面に向かうことができます。

 

大分県との県境である夜明ダムを過ぎると大分県に日田市へ。

この区間はトンネルが続くので列車からだと夜明ダムの全貌が分かりにくいので(自分自身そこまでダムマニアではないのだが)個人的にはちょっと残念だった。

その後日田彦山線との分岐点である夜明駅を通った。

夜明駅もすごく絵になるところなので一度は降りてみたいなと思った。

本当は文字通り夜明けにこの辺りにいれば絶景が見られるらしい。

進行方向右手に筑後川(夜明ダムがあるため川幅というか湖というべきかこの辺りは両岸までの感覚が広くなっているのだ)を眺めながら日田の市街地に入ってきた。

いよいよ最初の目的地である日田駅に到着。

 

天領日田。

歴史の教科書で登場した以来聞いた用語だ。

天領とは江戸時代徳川幕府の直轄地であったところだ。

この点から推察されるとおり日田市は九州の交通の要所である。

北に筑豊・小倉、南に阿蘇、東に大分、西に久留米がある。

はじめて日田駅に降り立った時この町は実に面白いなと思った。

いままで見たことのない雰囲気だったのを思い出すのだ。

 

僕が思う日田の見どころと言えば豆田町界隈にある昔ながらの街並みと三隈川(筑後川)じゃないかな。

ということで今回もさっそく豆田町に向かうことにした。

日田駅から徒歩15分ぐらいで行けるのでいつものように歩いていった。

(市内にバス路線はあるのだがあまり本数がないように思えた)豆田町到着。

先ほどの吉井町と同様春先になるとひな祭りが開催される。

商家である草野本家をはじめ数箇所で江戸時代から現存する雛人形が飾られており、実際に見ることができるそうだ。

僕も春に行ったことはあったのだが生で見ることはなかった。

というのもいわゆる女の子のお祭りであるひな祭りを男一人で見に行くのはだいぶ恥ずかしいのもあるので、女の子とデートするには良いチャンスではないかと思うこのごろです。

なお、草野家は先ほど少し触れた久留米市筑後草野地区から移ってきたそうで。

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日田の名家草野本家。大分県位一古い建造物らしい。

 今回は店内には入らなかったのだが豆田町には食べ物屋さんやおみやげ物屋があった。

日田名物のスギの加工品やそば饅頭など売っていたと思われる。

また、交通の要所だけあって町内の道路は狭くしかも防衛上クランク状になっているところが多いのにもかかわらず車の通行量は非常に多いなと思った。

三隈川の川岸にある関係上港町という町名もあったはず。

とにかくこの近辺は漆喰を使用している建物がずらっと並んでいた。

九州内で武家屋敷が多く残っている地域はけっこうあるのだが、多くの商家が残っている地域はおそらくここぐらいだろう。

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豆田町界隈。

 豆田町を後にした僕は三隈川の川岸の方に向かった。

三隈川沿いには温泉街(日田温泉)がある。

ここの温泉街には何度か訪れたことがあるのであるが温泉旅館はあるものの立ち寄り湯をなかなか見つけることはできず、日田温泉には一度も入ることはなかった。

このあたりの川の流れは穏やかなので夜になると九州では珍しく屋形船や鵜飼いも見ることができるらしい。

また温泉街の近くには簗があり鮎を食べることができるそうだ。

ここでも一人で食べるにはちょっと恥ずかしい気がしたのでまだ食したことはありませんが。

あと、日田市街の名物といえばサッポロビールの九州工場や日田天領水などがあります。

 

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屋形船。

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おまけ。D51。日田駅にて。

 日田駅から普通列車で30分かかるかかからないくらいで豊後森駅に到着した。

(途中にある天ヶ瀬温泉もなかなかいい雰囲気です。)

豊後森の駅舎が木造で立派だ。

洋風な造りだったと思う。

駅名からして山の中にありしかも周りは森の中にあるのかと想像していたのだが、イメージとは違い意外と建物が多く建っていて山の中にあるそこそこ大きな町だと思った。玖珠町の中心部だ。

ここから九重連山の方に向かうことができるらしい。

ここで何をしたかったのかというとまえまえからどうしても見たかったものがあった。

駅の周囲を一周すれば目的は果たせる予定だ。

まずは筑後川の支流である玖珠川の方に向かった。

今回の目的のひとつとして筑後川を上ることだ。

さすがに河口や中流である日田市に比べ川幅は狭くなっているようだ。

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玖珠川。

奥には九州の屋根、九重連山が見える。

 

 

 

CA390016

町の中にある古い建物。

 川沿いを歩いていると不思議な円形の建物がみえてきた。しかも大きそうだ。

実はこの建物は国鉄の豊後森機関区車庫で、正確にいうと豊後森駅に到着した時点ですでに見えていた。

実のところ、この建物を見ることがここに降り立った理由だ。

京都駅のそばにある梅小路機関区とならび国内に残っている数少ない蒸気機関車の車庫であり、近代化遺産にも認定されている。

しかしながら安全性の問題から残念ながら現在はまだ建物内に入ることはできないのだが、将来的には公園に整備される予定があるそうです。

建物に近づいて写真を撮ることができなかったのが残念だった。

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豊後森機関区。

 僕は再び豊後森駅から東に向かうことにした。

普通列車が来るまでには相当時間がかかりそうなので、先に来る特急「ゆふ」に乗ることにした。

豊後森より先は玖珠川や国道沿いを走るのだが山岳地帯に入るため家はまばらになる。

山の上の方には大分道が並行して走っているので空を見上げると高速の高架が見えるかもしれない。

途中、特急の停車駅である豊後中村駅は豊後森と同様九重連山や久住高原の入り口にあたり、ここからバスが出ているみたいだ。

さらに山の中を進んだ。

野矢駅から由布院駅の間は久大線の中で最も山あいの中を走っている感じだった。

 

山の中をかなり走った感があったが、やっとのことで盆地が見えてきた。

由布院盆地。

僕は久大本線の中で最も有名な観光地である由布院駅で降りることにした。

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由布院駅。世界的建築家磯崎新設計だ。構内には足湯がある。

 由布院。

現在では毎日のように多くの観光客が訪れているのだが、ここまでくるには長い道のりがあった。

かつては別府の奥座敷としてひっそりとしていた所だったらしい。

一時期(おそらく昭和30年代後半からバブル景気の頃までだと思う)日本の温泉地といえばビル形式の大規模な温泉旅館ないしホテルが乱立していた。

九州で言えば別府の海岸線沿い、全国的に言うと伊豆の熱海温泉などがそんな感じだと思う。そんな傾向に反し由布院の開発は行われることはなかったのだ。

誰かが、

「あそこは田舎だ」

と言っていたのだが、あえて田舎の雰囲気を残したのだ。

バブル景気の頃にはゴルフ場の開発が行われそうになったのだが、住民による反対運動のため開発は行われなかった。その代わり、映画祭が昔から開催されている。

その後、博多駅から特急「ゆふいんの森」号が登場し各メディアに紹介されるようになった。全国から多くの観光客が訪れて来るようになり、現在では海外からもやって来ているようだ。

由布院といえばやっぱり温泉。

由布院に来たからには温泉に入らねば。温泉施設を探してみることにした。

こじんまりした温泉旅館は多くたくさんあるのだ。

中には立ち寄り湯もあるそうだが敷居が高いというか予約しないと入れなさそうというか今回は旅館には立ち寄らなかった。

現地の地図を見ていると公衆浴場もありそうなのでそこに入ることにした。

駅から出た僕は金鱗湖の方へ向かった。

さすが由布院だけ日田や天ケ瀬と違いあってなんとまあ観光客の多いこと。

一昔訪れた際は日本人(おそらく県外)が多かったのだが、今回行ったときは韓国人の方が多い気がした。

それから2年たった2010年だと大量の中国人が押し寄せてきているであろう。

金鱗湖の湖畔にある温泉“下ん湯”に入ろうかと思っていたが池の周りに多くの人がいたのでさすがに躊躇してしまった。

誰もいなければ入れるかなと思い、試しに下ん湯のある建物に立ち寄ってみた。

そこで分かったことが・・・。

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下ん湯。

 まず、建物は藁葺き屋根だということ。

建物自体はそこまで古くはなさそうだがかなり歴史のある施設であろう。

入浴料も町外の人でも200円で安そうだ。

入り口の引き戸が開いていたのでちょっと中の様子を覗いてみた。

どうやら浴槽から金鱗湖がばっちり見えるみたいだ。

見た限りではお風呂場の男女の区別が無さそうで、たまたまおっさんが一人お風呂に入っているみたいだった。

ここでちょっと気づいたことが・・・。

「隠すものがない。」

確認するために再び僕は湖畔に向かった。

「やっぱりそうだ。」

お風呂から金鱗湖が見えるということは金鱗湖から下ん湯がばっちり見えるのだ。

すなわち、生まれたままの人間の姿が露になってしまうのだ。

当然のごとく先ほど登場したおっさんの全裸姿も金鱗湖の方からばっちりと見えてしまっていた。

(女性も含め)多くの観光客からも見られていた。

「入らなくて良かった・・・」

つくづくそう思った。

少なくとも女性は入りきることはできないだろうなと感じた。

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金鱗湖

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下ん湯からだとこんな景色が眺められるのであろう。

 下ん湯に入るのを諦めた僕は以前入ったことのある公衆浴場に入ることに決めた。

温泉に入る前に・・・由布院には温泉があるだけではなく多くの美術館や博物館もあるのだ。

そのひとつである九州自動車歴史館に入ってみることにした。

正確には、金鱗湖の近くにたまたま見つけたので入ってしまったというべきか。

個人的にはそこまで自動車に興味はなかったのだが多くのクラシックカーが展示されており、しかもゆっくり見ることができたので予想以上に面白かった。

映画『Always三丁目の夕日』や『American Graffiti』の世界をイメージしているみたいだ。

前者の作品は見たことがあるのだが後者の方はまだ見たことがないのでいつか見てみたいところである。

かのジョージ・ルーカス監督作品であるからなあ。

下の方に何枚かクラシックカーの写真を載せてみます。

慌てて撮ったからブレてしまったのが今となっては非常に残念なところである。

ホントよくここまでいろいろと車を集めたものだ。

 1950年代、日米両国には下に載せているような自動車が走っていたそうだ。

日本は戦後復興から高度経済成長期に向かう最中である一方、アメリカではソ連と冷戦時代を迎えようとしていた頃だ。

その頃の両国の状況がわかりそうな気がする。

当時の日本は安く作れる三輪車の方が多く、あまり四輪車が走っていなかったみたいだ。

それに対しアメリカではすで四輪自動車の技術が確立されており数多くの名車が誕生しているのだ。

なお、三輪車は高速走行に不向きらしいみたいであり、オート三輪にならではの事故が多発していたそうです。

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オート三輪。まるで映画『Always三丁目の夕日』の世界。

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キャデラック。1959年製。典型的なアメ車だ。

こちらは、かつて国内を走っていた車たち。

CA390043この車もオート三輪。

実は消防車(ポンプ車)である。

 

CA390042後方から、出動せねば。

CA390046

 なんとこの車は石炭自動車。

戦時中エネルギー(石油)不足の為に開発された車であるらしい。

 

こっちはアメリカの名車たちだ。

CA390047T型フォード。

CA390040これもたぶんフォード。乗合自動車だと思われます。

CA390038

 スポーツカーと飛行機。右にはダットサンもあります・・・。

 

 

屋外にはボンネットバスが展示されており車内も見ることができた。

方向指示器はランプではなくレバーみたいなものが飛び出す仕組みだ。

自動車学校でもらう教本で見た以来目にした。

床板は木で張られており、もちろんエアコンなんてついていない。

(扇風機もついていなかったのではないか。)

しかもこのバスはまだ現役で走ることができるらしいのだ。

どうやら現在一般的に走っているバスに比べ乗車できる人数は少なさそうだ。

乗り心地はどうかな・・・。

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ボンネットバス。前方より。

CA390044

バスの車内。もちろん床は木の板だ。

 自動車歴史館を出た僕は近くにあったとある小さな美術館に入ることにした。

由布院には小規模な美術館が多数あるので美術館名は忘れてしまったのだが、そこでは山下清展が開催されていた。

“裸の大将”こと山下清。

彼をモチーフに芦屋雁之助や塚地武雅を主演としたテレビドラマが放送されているのだが、放浪生活はあながち間違いではなさそうだ。

館内にあった資料の中に新聞の切抜きがあったのだが、ドラマの通り線路を伝って全国各地を放浪しており鹿児島にも来ていたらしい。

代表作に『桜島』がある。

ドラマを見る度思ってしまうのが、

「よくトンネル内でひかれずに済んだな」

と。

しかも当時は普通に蒸気機関車が走っていたことから酸欠で倒れないか心配するところだ。

蒸気機関車に追っかけられているシーンをよく見た。

 

今回本物の絵や貼り絵を初めて目にすることになったのだが想像よりもすごいものだった。

繊細さを感じた。

一枚の絵を完成せせるのには相当な労力がかかるものだと感じさせられた。

(ということは、放浪先で制作するのは不可能かと思われる。映像に関する記憶力が優れているのであろう。)

不器用な自分では到底できるものではない。

改めてすごい画家なのだなと思った。

 CA390025由布岳

 美術館を出た僕は温泉に入ることにした。

さっきも言ったように理想なら温泉宿みたいなところに入ってみたかったのだが、今回は地元の人しか入らないようなところに行くことにした。

特別な施設があるわけでもなく浴槽と洗い場があるくらいだったと思う。

そのかわり入浴料は安かった。

泉質は単純温泉だったはず。

その他、由布市内にはさまざまな源泉があるので、今後またいろいろな温泉に入って楽しみたいところだ。

それと名物である辻馬車に乗るのを忘れてしまった・・・。

 由布院駅を出た僕は大分方面に向かった。

由布院~大分間は比較的列車の運行本数が多いので(多少は待つのだが)そこまで苦労することもなく乗れた。

地図上由布院と別府は近い気がするのだが、そこには由布岳がある。

そのため鉄道は山の南側を迂回するように敷設されているみたいで、なんだかこの区間の料金も高く感じる。

なお、高速道路だと山の北側を越えることになる。

由布院インターの次は速見ジャンクション、別府インターの順。

たしか九州横断道路ややまなみハイウエイも通っているはず。

途中、由布院から2駅先には湯平駅があり、ここも有名な温泉地であるそうだ。

とはいっても駅のすぐ近くに温泉は無さそうで湯平温泉まで昔はバスで行くことができたのだが、現在はタクシーを使うか徒歩で一時間ほど歩かないと行けなくなってしまったらしい。

列車は大分川を下るようにして進行していった。

そうこうしているうちに1時間半ほどもすると終点大分駅に到着。

「大分市でおしまい。」

といいたいところだが、さらに別府まで行くことにした。

大分~別府間はそこまで遠くないのでマラソンのコース(別府・大分毎日マラソン)にもなっている。

ちょうど中間地点にあるサルで有名な高崎山には以前訪れたことがあった。

サルによる被害が報道されている最中であったためかなりびびってしまった。

餌になるようなものをもっていたら間違いなく襲われていただろうな。

高崎山の海側にある水族館“うみたまご”にはいつか行かねば。

 

別府に到着すると必ずすることがある。

博多に戻るまでのちょっとした時間“駅前高等温泉”に入浴し、風呂上りには駅前にある弁当屋で弁当を買うのが恒例であり今回も恒例行事を行い九州横断・久大線編はおわりとします。

大分方面に来た際はたいてい別府まで行くのだが、たいがい別府駅に到着する時間帯が遅くなってしまう。

そのためあまり観光らしい観光地を巡ることがないので駅前をうろちょろすることしかできないのだが、数少ない記憶からかつて訪れた場所に関して思い出してみることにします。

別府といえばやっぱり温泉。

別府八湯と呼ばれている(かつては由布院なども含め十湯と呼ばれていたらしい)とおり、町のあちこちからお湯が湧き出している。

しかも地区により温泉の泉質が違うらしいのだ。

さすがに全部入ることは無理であるが、1つくらいは実際に入った記憶があります。それは鉄輪温泉だ。

最初この字を見ても読み方が全然分からなかった。

九州でも上位を争えるほど有名な難読地名かもしれない。

正解は“かんなわおんせん”。

言葉では聞いたことあるのだがバスの行き先表示(方向幕)の下にアルファベットがなければ絶対に読めなかった地名だった。

鉄輪地区で一番有名なのは7つある地獄めぐりだ。

昼間に行けば入れたのだが、夕方早々には閉まっていたので敷地内に入ることはなかった。

とはいえ、各地獄は相当迫力があるみたいだ。

この世のものとは思えない世界だと思う。

以前、テレビで無限地獄の絵図を見たことがあったのだが、

「人間死んだら地獄に落ちるものだ」

といわれているからなあ・・・。

ああ、恐ろしや。

営業時間もあることから地獄めぐりを見物することはなかったのだが、近くにある公衆浴場に入ることはできた。

先ほどの由布院と同様昔からある別府の公衆浴場の中には浴槽とちょっとした洗い場しかないのである。

地元の人も入っていることもあるし“ゆっくりと”というわけにはいかなかったのだが、それなりに堪能はできたと思う。

 

続く。

なお、第1部、九州北部編はいったんここで終了となります。

残り1節分(最終節豊肥本線編)の原稿がみあたらないので、記憶を思い返しながら、出来上がり次第アップする予定です。

次回からは順番前後しますが、第2部、西日本一周編に突入します。

 

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