Ⅰ – 6.長州

前節の長崎に続いて幕末と関連する地域に行ってみた。

本節のタイトルも山口県ではなくあえて長州にしてみました。

短いながらも第二部の西日本一周編の前哨戦にあたります。

というのは、西日本一周の下調べも兼ねたところもあるから。

 

下関までは北九州に来た際立ち寄ることがあったがなかなか下関より東の方には行くことはなかったのだ。

 

数年前、ちょっと精神的に病んでいた時に山陰の方に向かったことがあった。

その時は寒風吹きすさぶ中長門市仙崎までふらふら一人で行ったものだ。

金子みすゞと縁がある地なのだと思いつつも時間の関係上さびれた港町だという印象が残っていた。

彼女の記念館もあるらしい。

2007年、山口県内にて新たに「みすゞ潮彩号」という観光列車が登場したのだ。

それと、当初西日本一周を計画する際山陰地方(山陰本線)を横断するか、それとも山陽地方を行くかすごく迷ったのでとりあえず一日でどれだけ移動できるかも確かめてみたかったのもあった。

いろいろ目的はあったのだけれども、この旅の一番の目的は薩摩と並び多くの幕末志士たちを輩出した長州藩の城下町である萩市に行きたかったからなのだ。

 

2007年夏。

確かそれくらいの時期だったはず。

僕自身としては朝早く家を出て博多駅に向かったのだけれど、時刻表を調べていくと萩の方に行くと日帰りでは戻れないことがわかり、その時は山陽側の岩国、広島県宮島方面に行くことにしました。

なお、山陽側に関しては第二部で述べていく予定です。

 

それから少々時間が経ち2007年12月。

ようやく萩まで行くための時間と予算がついたので今度はそうとう早めに家を出て電車に乗り込んだのであった。

福岡市内からかなり距離があるうえに、山陰方面行きの速達列車がいないので寄り道することはなく目的地に向かったのだ。

途中、下関駅で「みすゞ潮彩号」に乗れるかもしれないと思ったものの、行った当日当該列車は車両検査の為普通列車(しかも乗ったのは今となっては珍しいたらこ色の車両、みすゞ潮彩号の運行形態のように途中日本海の眺めのいいところでは停車していた)に変更されていた。

日本海沿線を行くのだけれど意外と山の間を縫うように進んでおり、時々見えた日本海はホント荒々しかった。

 

長門市で乗り換えた後いよいよ萩市・東萩駅に到着。

博多から約5時間かかったと思う。

いつものように地図を持っているわけでもなく、とある本屋で立ち読みした時の記憶を頼りに行動してみた。

萩は城下町なのでまずは城跡に向かってみた。

海の近くにあり石垣くらいしか残っていなかったはず。

前の章で唐津に行った時と違い、僕が行った2007年当時はそれほどお城に興味があったわけでもなく、しかも入城するのに料金が必要だったので城内には入らずじまいだった。

後から調べたところによると萩城は海に突出しているにもかかわらず指月山もあることから山城の一面もあるらしい。

萩城の方は国の需要文化財、指月公園は天然記念物に指定されています。

城跡をかすめた後、城下町を歩いてみた。

正確にはどこからどこまでが城下町か分かりづらかったのだが、町そのものは意外と道幅が広かったと思う。

高杉晋作や木戸孝允の生家を見つけられたら良かったのだけど、地図なしだと分からないな。ということで発見できず。

 

これだけで家に戻るのはもったいないので城下町を歩いた後、駅の裏側に向かってみた。

ここは吉田松陰や伊藤博文と縁が深い。

いまでも松下村塾のある松陰神社やかつて伊藤博文が住んでいたといわれる旧家があるのだ。

ここでケータイのカメラ機能の出番だ。初めて使ってみた。

萩城や城下町を撮らなかったのが今となっては残念だけど。

CA390008

松下村塾。松陰神社内にある。どうやら本物らしい。

CA390009

講義室。そこには吉田松陰先生の姿も。

 

CA390007伊藤博文像。

 

日本国初の総理大臣。

今でも山口県は歴史上全国一首相を輩出する

都道府県であるのだ。

かつてはお札の絵にもなった。

 

CA390001

松陰神社近くにて見かけた古民家。伊藤博文の旧家だったような記憶が。

 福岡に戻るまでもうしばらく時間があったので、最後に萩の港や日本海を眺めた。

CA390012

萩市沖の日本海。いくつか離島がある。冬場は相当荒れるであろう。

CA390016

漁港。家の前からすぐ船に乗れるしくみになっているみたい。

 夕方になったので福岡に戻らなければ。

5時前に出ないと帰りつけなかたはず。

また5時間ほどかけて福岡に戻った。

ホントすごく辺鄙なところにあるなとつくづくそう思ってしまった。

萩市の周辺には山口市や島根県津和野町も観光スポットとしてあります。

続く。

 

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