Ⅰ – 4.九州横断Ⅰ・西九州

前回に続き佐賀県を行く。1コースでは県の中央部を縦断したのに対し、2コース目はずっと西の方に向かってみた。

目標は九州の西の端。

今回は鳥栖市から始まります。

おそらくこの2コースと背振(せふり)山地を行けば佐賀県は網羅できるのではないかと思います。

佐賀県鳥栖市。

九州の交通の要所である。

北に福岡。南に熊本、鹿児島。東に大分。西に佐賀、長崎がある。

かつて鳥栖の町並みを散策したことがあったけれど、残念ながら特に古いものがあったかどうか記憶には残っていないな。

とはいえサッカースタジアムや大きなアウトレットモールはあるので買い物客はいるのではなかろうか。

 

前置きはこれくらいにして佐賀横断編のスタート。

まずは吉野ヶ里公園に寄ってみた。

古代の集落跡だからそんなに広くはないだろうと思っていたがそんなのは間違いだった。とにかく広いのだ。

家族連れで一日遊ぼうと思えば遊べるかもしれない。

この場所は高台にあり濠もあることから、集落というよりはひとつの大きな“要塞”だったといわれている。

いわゆる“城”の始まりなのかもしれない。

僕はそこまで古代のことについて詳しくないのだけれども、邪馬台国は九州にあるのかそれとも近畿にあるのか、いまでも論争になっており結論は出ていないらしい。

卑弥呼様かぁ。

まあ余談(ちょっと時代が進むので)ではありますが最近は聖徳太子の存在も議論されているそうです。

 

竪穴式住居や高床式倉庫、物見やぐら、勾玉、鏡、遺体を入れるための壷。

などなど。様々なものが発掘されたり復元されたりしていた。

現在も発掘の方は続いているそうです。

僕が訪れた当日は非常に暑かったのだけれども竪穴式住居の中はエアコンなしなのにも関わらず非常に涼しかったです。

これなら都会にいるよりずっとすごしやすいのではなかろうか。

 CA390090物見櫓

CA390091高床式倉庫

CA390085竪穴式住居の中

CA390088政治を司る場所らしい。

CA390089

どうやら儀式の最中のようで(笑)

CA390094 棺桶

 弥生時代は亡くなるとこの中に入れられて埋葬されたらしい。

僕が吉野ヶ里公園の中で一番びっくりしたものだ。

CA390081

物見やぐらから集落を見下ろす。

 古代と現代が入り混じる。古代人も空を見上げていたのだろう。

吉野ヶ里公園を後にした僕は再び西に向かった。

佐賀市を通過し、武雄温泉へ。途中、肥前山口(江北町)は長崎と佐世保との分岐点になる。

今回は佐世保の方に進んだ。

なお以前、長崎方面(南の方)に向かったことがあったのでちょっとだけ話を。

南の方に向かうと東に有明海を望むことができる。

鹿島市到着。祐徳稲荷と有明海、むつごろうが有名です。

あとは特になかったはず。

 

武雄市。

いわずと知れた温泉街。

最近では「佐賀のがばいばあちゃん」のロケ地としても有名だ。

武雄温泉駅からバスで30分ほど走れば美人湯でもある嬉野温泉にも行けるのだ。

かつては吉田松陰や宮本武蔵なども武雄温泉まで入りに来たそうです。


CA390154

武雄温泉楼門

CA390148

武雄温泉新館

上の武雄温泉楼門ならびに新館はいずれも辰野金吾作。

国の重要文化財に指定されています。

CA390149

殿様湯

 せっかくの機会なので僕も温泉に入ってみた。

アルカリ性泉質のせいかちょっと入っただけで肌がつるつるになったのでびっくりした。

泉質がここまで個性的なものは九州では珍しいと思う。

(温泉といっても僕がこれまで鹿児島市内の銭湯にしか入ったことないからそう感じたのかもしれないが。)

思う存分入った後、市街地を歩いてみた。

一時期は賑わっていたらしく、そこそこ温泉宿はあったものの人通りはそれほど多くもなく寂しい気もした。

 僕はさらに西の方に向かった。

有田町。

言わずと知れた焼き物の町。

ゴールデンウイーク中は陶器市のため多くの人で賑わうのだ。

しかも安く手にいれることが出来るらしい。

僕も一度はその時期に行ってみたかった。

けれど人が多すぎるもの苦手だし皿をそんなにたくさん持っても使うことないだろうし。焼き物はピンからきりまであるからなあ。

鑑定できる眼力もないことだし・・・。

一方、市の時期以外だとひっそりとしており人通りはそんなにないのだ。

おそらく職人さんたちが黙々とろくろや鎌に向かって仕事をしているのだろう。おすすめは上有田駅から有田駅まで街道沿いを歩くこと。

歩くにはちょうどいい距離だった。

 

さらに西へ進むと長崎県佐世保市に突入することになる。

いよいよ長崎県入りだ。(佐賀県との境である三河内も焼き物で有名です。)

同じ長崎県でもオランダや中国の文化が入ってきた長崎市とアメリカの文化が入ってきた佐世保市とでは町の雰囲気が全然違うのである。

ここでは佐世保について述べてみることにする。

長崎市については後述。

 

早岐駅を過ぎると某有名な通販会社のスタジオが見える。

でかいなと思いつつしばらく電車に乗ると佐世保駅に到着した。

JRの駅では日本最西端になるのだ。2000年代前半に駅は高架化され駅前も整備され、きれいになっています。

ここから先は松浦鉄道西九州線に乗り換え、たびら平戸口(普通鉄道本土最西端の駅)方面に向かうと平戸に行けるのだ。

とはいえ今回は行く時間と予算がなかったので、残念ながら平戸までたどり着くことはできなかった。

 

佐世保の話をする前に平戸についてちょこっとだけ紹介します。

平戸。

長崎県の北西部にある島で、かつてはフェリーで渡って上陸していたが平戸大橋開通後はこの橋を通っていけるようになった。

キリスト教の教会が数多く残っており、今後世界遺産に登録される見込みがあるのだ。いつか訪れられる機会があればぜひ行ってみたいところのうちのひとつである。

 

再び佐世保に戻ります。

駅の裏側(西側)はすぐ港。

ここから五島列島にも向かうことができる。

市の中心部に向かうと長い長い四ヶ町と三ヶ町アーケードが見えてくる。

県都以外でここまで長いアーケードは見たことないなあ。

しかも商店街自体も人通りが多いのである。

ここ十数年、地方都市だとシャッター通りが増えており商店街の活性化が問題になっているが佐世保に関しては大丈夫だろうと思う。

(もちろん大柄な外人さんもたくさん見かけた。)

ちなみに、商店街を巡るのも僕のちょっとした趣味です。

これまで挙げた町など佐世保以外においてもいろいろ商店街を見てきた。

ホントなら商店街でなんやかんや買い物をしても良かったのだが、荷物がかさんだりと余計にお金がかかったりするのでほとんど買い物をすることないのだなあ。

四ヶ町では洋服欲しかったのだけど。

 

商店街で見かけたように、佐世保には多くの外人さんが住んでいるのだ。

それには訳がある。

商店街を過ぎて左の方に曲がってしばらく歩くとそこには自衛隊の基地もあればアメリカ軍の基地も存在する。

有刺鉄線がついたフェンスに囲まれているため非常に物々しいのである。

ゲートにおける警備も厳しくむやみやたらに侵入はできない。

時々見かけないナンバープレートの車両も見かけた。

普通ひらがな表記の部分がYになっている車両。

米軍関係の車両らしい。

それとアメリカ映画で聞いたことがあるサイレンのおそらく消防車とみられる車両も走っていた。

 

米軍基地の物々しさの一方で佐世保バーガーというご当地グルメももたらしている。

いくらケチい僕でもさすがに佐世保バーガーは食べてしまった。

ボリュームあってとてもうまい。

ちょっと値段は高めだがこれを食べると全国チェーンのバーガーを食べる気がしなくなってくるのだ。

ショップは十数店舗あるのらしいのだけどまた訪れた際は本場ものを食べたい。

CA390168佐世保四ヶ町商店街

佐世保四ヶ町商店街全国有数の長さのアーケードで、すごく賑わっていました。

佐世保バーガー店や後々ジャパネットたかたの発祥となるカメラ店もあります。

その他、佐世保の有名所といえば、九十九島や西海橋、ハウステンボスなど。

西海橋か見える渦潮は迫力あった。

九十九島とハウステンボスにはまだ行ったことありません。

特にハウステンボスにはデートで行ってみたいスポットだ。

うふっ。

 

CA390159

CA390157 佐世保橋。左側には佐世保公園と米軍基地があります。

続く。

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